死亡確認
テレビで見るのとおんなじだと思った。
脈だとか瞳孔だとか、色々見て、
「何時何分死亡を確認しました。」
母が、呼吸器で動く胸を指して、
「まだ動いてますよ」
と言った。
強制的に空気を送っているだけだと、説明された。
そんなこと分かってる。
でもまだ動いてるんだもの。
そこからはひたすら忙しくて、悲しみに浸る余裕もなかった。
まずは父の弟に電話。繋がらない。
父の母もいるのだが、高齢のばあちゃんに夜中電話するのはやめた。
使っていた病室の中にある荷物をバックに詰め込んで、忘れ物がないかチェックした。
四人部屋の他のベットからは寝息一つ聞こえない。
この真夜中の病室で、ベットを片付ける気配がすれば、何があったかの察しはつくだろう。ベットの上で聞き耳を立てる患者さん達。心中の不安は計り知れない。
「お騒がせしました。父がお世話になりました。」
呟くように言って、三つのかたく閉められたカーテンに頭を下げた。
「死んでしまった人は、モノ扱いでね。死亡診断書と、同行する家族がいないと家まで運んでもらえないの」
母はそう教えてくれたが、もう自分であれこれ動くことはできなかった。
専用の車を病院が手配してくれた。
後日入院費を支払うために、私の連絡先を病院に提出し、かわりに父の死亡診断書を受け取った。
先行して私が家に帰り、布団を敷いて父を迎える準備をした。
弟と運転手の二人で父を運び込み、布団に寝かせた。
タクシー代よりはるかに高い金額を運転手に支払うと、
「今の時期、葬儀屋を早く決めた方がいいですよ。正月三が日は焼き場やってないんでね。こんでますよ」
と教えてくれた。
「この時間でもいいんですか?」
と聞いてみた。もう夜中3時を過ぎている。
「何時でも。ウチでしてもらってもいいんですが、まあ、当てがあるならそこでもいいですし。名刺だけ渡しておきますね」
葬儀屋の当てなんて、あるわけない。かと言って目の前の名刺に飛びつくのもためらわれた。
本当に私は何も知らない。
運転手が帰ると、深い夜の落ち窪んだ底に、父の亡骸と、私達家族三人がポツンと取り残されてしまった。